かつては見えていた

創業したとき、3年後の姿ははっきりと見えていた。こういう会社にする。こういう価値を届ける。こういう人たちと働く。言葉にできなくても、頭の中には鮮明な絵があった。

それがいつからか、ぼやけ始めた。日々の業務に追われているうちに、気がつけば「3年後のことを考える時間」そのものがなくなっていた。誰かに「御社のビジョンは?」と聞かれたとき、以前のように即答できなくなっている自分に気づく。

見えなくなったのは、失敗ではない

ビジョンが見えなくなると、経営者は自分を責めがちだ。「リーダーとして、将来の方向性を示せないのは失格ではないか」と。しかし、見えなくなったことは失敗ではない。むしろ、正直な証拠だ。

創業時に描いた絵と、今の現実は違う。市場は変わった。組織の規模も変わった。自分自身も変わった。古い絵をそのまま掲げ続けることのほうが、よほど危うい。

ビジョンが見えなくなったということは、古い地図が使えなくなったということだ。新しい地図を描く前の、白紙の時間にいる。その白紙を恐れる必要はない。

ビジョンは「持っているもの」ではなく「繰り返し描き直すもの」だ。見えなくなる時期があるのは、次の絵を描く準備が始まっている証拠かもしれない。

「どこへ行くか」の前に「今どこにいるか」

将来が見えないとき、多くの経営者は「どこへ行くか」を考えようとする。新しい事業計画を作り、中期経営計画を立て、ビジョンステートメントを書き直そうとする。

しかし、現在地が分からないまま目的地を設定しても、そのビジョンは地に足がつかない。まず問うべきは「今、この会社はどこにいるのか」だ。

創業時と比べて、何が変わったのか。当初やりたかったことのうち、実現できたものは何か。まだ手をつけていないものは何か。そして、今の自分が本当にやりたいことは、創業時と同じなのか、違うのか。

日常がビジョンを食べる

従業員が10人を超えたあたりから、経営者の時間は急速に「管理」に奪われ始める。採用、評価、労務、資金調達、取引先との交渉。どれも放置できない。そして、どれも「将来を考える時間」とは別のものだ。

日常の業務は、経営者の思考を「今月」に閉じ込める。来月の売上、来週の納品、明日の会議。視野が短くなるほど、3年後の姿は遠のいていく。これは能力の問題ではない。構造の問題だ。

ビジョンを持ち続けるには、ビジョンについて考える時間を意図的に確保する仕組みが要る。自然にはその時間は生まれない。日常が、必ず食べてしまうからだ。

Sentioは、未来への問いを週に一度届ける

Sentioは、御社のデータや業界の変化を読み取りながら、週に一つの問いを届ける。「3年前の事業計画で、今も生きている要素はどれですか」「もし今から会社を作り直すとしたら、最初に何をしますか」「今の事業のうち、3年後にも残っていると確信できるものはどれですか」。

ビジョンを与えるのではない。ビジョンが生まれる余白を、問いという形で届ける。週に一度、10分だけ、日常から離れて将来について考える時間を持つこと。その積み重ねの中から、新しい地図は少しずつ姿を現す。